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第5回講演会金児昭氏講演内容

日 時:平成18年10月5日(木)
テーマ:国際連結経営におけるM&Aの実務
講 師:金児 昭氏
    経済・経営評論家
信越化学工業㈱顧問
前金融監督庁(現金融庁)顧問

講演概要
森会長挨拶:本同窓会主催の講演会も今回で5回目。講師だけは超一流の方を招聘するというやり方を続けてきたところ、外部でも評判になってきている。伝統のある団体である「経済倶楽部」でも関心を示してくれて協賛の話も出ている。
     今回の講師も大変有名な方なので、楽しみにして聞いてください。

1.自己紹介
私は学校を卒業して信越化学という会社に入社した。倒産間際という事態を何度も経験したし、子会社への出向も2回経験したので、この辺りの経験談から話しましょう。入社してから数年経って経理部に配属され、以後経理・財務一筋の会社人生となった。当時信越化学は、小坂善太郎・徳三郎という有名な代議士を輩出した会社で「小坂家の会社」とも言われていた。小坂家に恥をかかさないようにするというのが、当時の経理部の役割だったが、大変な部署に来てしまったな、という印象を持った。
30歳の頃、従業員7人(私もそのうちの1人)信越協同建設という建設子会社へ出向し、営業と営業会計を両方担当したが、麹町税務署の税務調査を受ける事になった。担当官と初めて面談した際、自分が使っていた算盤の値段を聞かれ、「3,500円ぐらい・・・」と言ったところ、いきなり「否認」と言われ仰天した。(費用ではなく、3,000円以上は固定資産に計上すべきとの指摘。) 担当官はその後、いきなり新興宗教のパンフレットを取り出し説明を始めた。適当に口裏を合わせていくうちに相手は機嫌がどんどん良くなり、結果的に「算盤3,500円の否認」だけで後は全てパスという結果となった。何度か税務調査を受けるうちに勉強の成果で税務調査対策も詳しくなったが、まずは相手に合わせていく「ペコペコ哲学」での接し方を習得した。
その後本社経理部へ配属され国税対策の担当となったが、これまで私は「税務調査を受けるプロ」として自認している。その方法は次の3つ(コミュニケーションをうまく取ることが秘訣)。   
① ともかくペコペコすること。
② 理論闘争には絶対に負けないこと。
③ 但し、相手を怒らせることは絶対にしないこと。
 私はいつも「物事は幅広くやるよりも、幅を狭くして深く突っ込んだ方が良い。」と考えている。
 突っ込んだ事によって得た知識を45歳位の時執筆して出版しようと考え、当時の社長からいくつかの条件を出され、印税で出版本を購入し知人に配る、つまり出版することで自己の利益は残さない(社内・世界からジェラシーを買わない)ということを実践した。(本を出版して売れれば売れるほど配り続けなければならないので、それも結構大変。)

2.海外でのM&Aについて=信越化学時代での体験から= 
(1)日米会計制度の違い
  今から30年以上前、信越化学は米国に合弁会社を設立して国際性を高めようとした。
  当時アメリカでは会社設立に資本金規制は特になく、1ドルでも設立が可能であったが最終的に5ドルにしようという結論になった。出資にあたり大蔵省(当時)に申請したところ、はじめは認めて貰えなかったという経験がある(大蔵省の知識不足)。
  日本も最近ようやく1円企業が認められる時代になったが、既にこの点だけでもアメリカに30年遅れている。何故日本が遅れてしまったのかの理由は、東大出身の商法を学んだ学者・役人・代議士が日本の制度を牛耳っており、明治時代から商法の「資本充実の原則」を唱え続けてきたが、アメリカは30年前に既にそのような考えはない。経理・財務三法で今世界は会計70・税務25・会社法5の感覚で動いており、日本はこの点でも遅れている。日本もここに来てようやく会社法が成立し、「商法を廃止する。」という言い方ではなく、「現代化」という言葉で濁しているのが実態。
  また1970年代当時のアメリカでは、連結決算・持分法という考え方も既に存在し、会計も時価会計を導入済みで、繰延税金負債(資産中心ではない)の概念も出来上がっていた。繰延税金負債とは、会計上の償却年数より税法上の償却年数が短い為、単年度における損金処理金額が会計上の経費より大きくなるので、税金を少なめに支払い後日精算するという発想。日本ではその逆の発想を取り入れ繰延税金資産が普通という考え方になってしまった。
  会計制度の遅れを取り戻す為に、日本では「金融ビッグバン」、「会計ビッグバン」と称して改革を進めているが、30年遅れは否めない。あまりにも急激に諸制度を変革しすぎたので、ホリエモンや村上ファンドのような「カネさえあれば何でも出来る。」という風潮になってしまった。ホリエモンについては、早稲田大学の上村達男という
  (現法学部長)教授が法律違反であると唱えていた。事実ホリエモンは、今年の1月に逮捕されてしまった。私も個人的にはあの若さでの行動力にはある意味で羨望の気持ちもあったが、手法はどこかおかしいとは思っていた。(彼らの本質を見抜けなくて反省している。)

(2)米国進出の際に取り組んだこと
  私が40歳の頃、信越化学がアメリカに設立した合弁会社を信越の100%子会社にすべく、合弁パートナーとの交渉の為に金川国際事業本部長(現社長)以下4名でアメリカへ向かったが、日本企業には力がないという事を前提に交渉に臨んだ。
  私は当時経理部長であったが、初めての海外出張でもあり、現地滞在中に日米の文化の違いからいくつかの失敗談がある。会社買取交渉の話をする前に、金川氏に薫陶を受けたいくつかの失敗談を披露すると、
・現地到着後の最初の歓迎パーティでとにかく先方側出席者と握手しまくったが、金川氏から「女性が手を差し出す前に、こちらから手を出すのは失礼である。Shame of Japanである。」と叱責された事。
・昇りのエスカレターに乗った際、女性の前に立ったら「女性を前に!」と叱られた。(女性が倒れて来た時に抱きかかえるのが男の役割で、下りの場合はその逆と教わり、これは後のダンス教師資格取得の試験のとき役立った。)
・歓迎パーティで英語が苦手なため壁際に立っていたら、皆と話をするように言われ「How are you」「How do you do」を繰返し、「ただ話せば良いというものではない」とまたまた叱られ・・・・・。(なお、これらを含め、「金児昭の7人の社長に叱られた!」[中経文庫]を上校)

 ①企業価値の考え方
  話はちょっと専門的になるが、B/S(バランスシート)について、従来日本では「バランスしているもの(左右の吊りあい)」という考えが福沢諭吉以来あったが、これは間違いである。B/Sを作成する前に残高試算表( Trial Balance )を作成し、この残高試算表に種々の調整を加えてB/S、P/Lになるので、バランスとは「残高」である。
  会社の買取交渉を行う際、資産から負債を差引いた「純資産」をどう評価するかがポイント。日本のB/S感覚だと、例えば資産が1,000で負債が600なら、純資産は400となり、当該会社が50%ずつ出資した合弁であるならば、半分の200が各出資者の簿価に重点をおいた価値となる。ところがアメリカ側はこの200の評価をいきなり800という様な言い方をしてくるので、日本側も慌ててしまう。
 ホリエモン流、村上流の失敗は、この純資産の評価を札ビラで解決しようとしたところにある。買収される側の従業員のこと等全く考えていない。極論すると大量の資金保有者が全ての企業を買い占める事も可能。「カネがあるところに権力が集中する。」というのが資本主義の究極の危い論理。(社会主義では権力が先行し、後からカネがついてくるという構造。)いずれにしても、人間は縄文時代の感覚に戻って、何が人間の幸福であるかを改めて考える必要があると思う。
 ②製品販売先の確保
  買収交渉のスタートから価値観の違いに驚かされてきたが、企業価値の大部分は人間であり、買収先スタッフの幸せが最優先されるべき。During M&A(M&A折衝中)にAfter M&A(買収後の企業価値向上を目指す)のことを如何に真剣に考えるかが大事である(この点で敵対的買収に私は反対である)。「非・敵対的買収」のDuringでM&Aを頭で考えるだけでなく、従業員が幸福になる為にはモノが売れ、代金が回収され、企業が成長できるシナリオを作り切らねばならない。
  アメリカ側の交渉相手先も売却後会社がうまく経営出来る様に、つまり高く売却したいが為に、製品販売先に同行して製品の購入を継続してくれる様説得して回ってくれた。売却交渉中に将来の売上のことを買収側が気にするのは当然だが、売却側も気にかけてくれる。その意味で米国企業の精神はフェアである。
 ③原材料調達先の確保
  販売先の確保と共に原材料調達先の確保も必要。信越化学100%の子会社となった場合、原材料を従来どおり販売してくれるかどうかの交渉も行った。連日の交渉の中で、信越としては原材料の安定供給の長期契約締結を求め、先方は従来の納入実績を見て欲しいと水掛け論になり苦労した。(日本側は本社社長の白紙委任状を手にしているにも拘わらず、供給側の交渉相手は決定権がなくこの点でも揉めた。)
  また買収しようとしている合弁会社は、増設の為日本から新規に設備を導入済みであり、この設備の安定稼動のために原料の供給も併せてお願いしたいと申し入れたが、これも難航した。金川ミッションの行き着いた結論は、世界中の知人に連絡してこの増設直前の既設設備の購入を要請した。つまり最悪原材料の調達がうまく行かない場合は、日本から導入した設備を売却してしまおうというもの。
ある取引先から「設備購入を検討しても良い」との回答を貰い、それを武器に交渉したところ、最終的には原材料安定供給契約を締結することに成功した。

④資金調達
  製品の販売先、原料の供給先を何とか確保したが、次に考えねばならなかった事は当該合弁会社の資金をどう調達するかの問題があった。
  アメリカの金融機関は無保証での融資には了解してくれていたが、米国内の日本の銀行各支店は本社保証を条件としてきた。
  金川氏からの指示で本社の財務担当専務に相談。社長の指示もあり、われわれ経理の財務部門は無保証での融資条件獲得に奔走し、結果的に日本の銀行の米子会社への「親会社無保証」による融資の確約を取り付ける事に成功した。
 ⑤人材の問題
  以上の結果、カネ・製品販売先・原料調達先の確保は実現出来たが、最大のポイントは従業員を如何に活かす経営をするかである。アメリカのこの会社は関係者全員が必死に仕事をしてきた結果でもあるが、従業員が150名から230名に、また利益も1.3億円から375億円という立派な会社に成長した。
  日産自動車のゴーン流経営方針は、合理化の名のもとに従業員を大幅に削減してきているが、私はこのやり方に同意出来ない。ホリエモン流、村上流も被買収企業の従業員の幸福を考えず、本当の意味での買収とは言えない。
  ちょっと話は横道に入るが、私は従業員等の人心を掴むためにダンスパーティへの参加を活用した。ダンスを通じて相手との胸襟を開ける。そんな経験もあって私は53歳で社交ダンスを本格的に習い、60歳でダンス教師の資格も取得した。65歳で「お父さんの社交ダンス」(モダン出版)という本まで出版したが、本当は「踊る金融監督庁顧問」というタイトルにしたかった。

 ⑥買収の真髄
  私は経理部長の立場で合弁会社の買収の為アメリカに出張した訳だが、立場上当然の事ながら「先方の持分を如何に安く買い取るか」を考えていたところ、当時の小田切社長から「先方の持分を安く買い取ろう等という事は、金川本部長に任せてある。買収後の会社が如何に売上をあげていくのかの必要性を主張し続ける様に。」と指示され、アメリカ出張中はその事ばかり言い続けた。(勿論担当としての仕事はこなしたつもりですが)帰国後、社長からは「売上が大事という言葉は、営業マンではない経理マンである君が言い続けたからこそ価値がある。」とお褒めの言葉を頂戴し「出張報告書は必要ありません。」と言われた。
以上の話が買収の真髄であると私は思っている。

3.質疑応答
Q:「株式会社は株主のもの」という考え方についてどう思われるか?
A:ステークホールダーとして大事なものを3つ挙げると株主・従業員・社会の3つだと思う。また一人一人の従業員が、自分は株主であり社長であり従業員であるという気持ちで仕事をすると良いと思う。私もその気持ちで毎日を過ごしてきた。

Q:買収のニュースを見て思うのだが、買収は相乗効果で企業価値を2倍、3倍とあげて行くものだと思っていた。それが本質ではないのですか?
A:買収した後の企業価値はプラス/マイナス両方の効果がある。買収は一般的に失敗するケースが多く、結果が良かったところだけたまたまニュースになっているだけ。
社長の器でない人が企業を買収して社長になるケースが最悪。何も知らない人が企業を買収してもダメになるだけ。(ホリエモン、村上もその類の人達の可能性大。)
  ビジネスの世界でも「客は買ってくれない人。だから買って貰える様努力する。」という発想が大事。死に物狂いの努力が必要。また会社というのは自社のドメイン(事業領域)以上の事を無理してやろうとしてもダメ。経営が進むべき方向性(ベクトル)を間違えないような経営をしなければならない。

Q:社長になるための能力とは?
A:生まれつき能力のない人はなれない。同時に、はじめから能力のある人はいない。
  努力した人だけが社長になれる。

Q:1)金児さんの人生哲学(座右の銘)を教えて下さい。
  2)カネと権力が集中して行く中で、企業はどういう方向に向かいますか?
A:1)哲学は特にないです。但し、人間は99.99%自分が大事。そこのところを追求して
   行く事が大事ではないか。そうでない人は欺瞞だと思う。人間は自分が一番大事。
2)企業の先行き等わからない。
  一つ言えるのは、今日本で最もM&Aを恐れている大会社の人は、新日鉄の社長でしょう。カネを持っている人が出てくれば簡単に買収されてしまう。私がカネでものを考えてはならないと言っているのはそういう事情があるから。人間としてどうあるべきかを考えるべきで、カネでどうこうしようとするのは愚の骨頂である。別の例えで言えば、トヨタでも300兆円ぐらいのカネを持っている人がいれば30兆円の時価でも買収されてしまう。こんな事に人生の価値を見出すのはよくない。

Q:日本の経営者で誰を認めますか?
A:全国に会社は250万社ある。上場企業で3,800社程あるが、250万社の会社の社長だけが偉いという訳はない。敢えて言えば、上場会社の役員は、人生の中ではわずかな価値の一部分であるという事を理解して欲しい。大会社や大組織の幹部でなくとも、本当に尊敬できる人は世の中に大勢いらっしゃる。「人生みな師なり。」という吉川英治さんの言葉は重みがある。
  質問の回答になっていないかも知れないが・・・・・お許しください。

                                   以上

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